≪ 京風です ≫
≪トイレのお雛様≫
≪お客様宅にて≫
3月3日は雛祭りの日。
そうは言っても、特別な事をする訳でも無く、今年はちらし寿司も、潮汁にも縁がありませんでした。
家族と共に過ごす場合は、もう少しイベント的な事を意識して行うのでしょうが、この頃は富に「季節感を感じる」節目が希薄になっています。
特に、会社では無機質になり勝ちなので、小物で季節を感じる様に、チョイチョイ勝手にコーナーを作って遊んでいます。
ミニ雛もその一つ。
多目的に使っているマンションの玄関には、お客様から頂いたお雛様を毎年飾っています。
何年か前に、「お内裏様の位置が違っているわよ」とご指摘を受け、「だから、先生はお嫁に行けなかったのね」とキツイ一言も加えられたのですが、今年もどうやら反対だった様です(悲)
しかし、京風の飾り方では、左右逆もありの様です。
その京風の飾り方で、事務所のトイレに置かれたお内裏様が、翌日には位置が変わってたのです。
きっと、通常の飾り方を知っていたスタッフの誰かが直してくれたのだろうと思って、「お内裏様の位置を直してくれたの誰~?」と聞いたのですが、誰からも返事がありません。
「えっ!!ウソ! 誰も触っていないの? お内裏様が“席が違うヨ”って思って勝手に歩いたのかな?」と爆笑。
真実は謎のまま、また来年迄静かに引き出しの中で、お休み頂く事となりました。
ところで3月3日は、「耳の日」でもあります。
耳の機能は音を聞く為、そしてそれは情報を仕入れる為です。
「聞く」と「聴く」で文字は二つあります。
“聞く”は音や声が耳に入る事で、“聴く”は人の言葉を受け入れて意義を認識するものと使い分けをしています。
英語でもhearとlistenの両方があります。
hear は“聞こえる”というような意味を持っていますし、listenはやはり、多くの場合意思をもって、耳を傾けて“聴く”という感じに捉えられています。
私は、最近部下への指導の際に、この対比を良く用います。
「お客様の要望、ご意向をどう聴いてきたの?」と言う問いかけに「〇〇だと聞いてきました」と返事をするパターンが多い為です。
どうして、その様な回答だったのか、真意や意義まで受け入れずに、「音だけ持ち帰っている」事が実に多く、その為に確認の為の時間が増える結果になり、お客様へのご提案や、回答にロスが出てしまうのです。
これは、音だけに限らず、メールにも通じますが、意思疎通のツールの変化と共に、人として与えられた五感と第六感が確実に低下している事を感じさせられます。
私が、どんな言葉で語ろうと、「音」として耳に入れているか、「真意・意義」を聴きとろうとしているかで、伝わり方に大きく差が出てきます。
伝えたい事が伝わらないストレスは、誰にも経験が有るでしょうが、それがクレームのきっかけにもなるのだと、しみじみ感じる今日この頃です。