8月31日(月曜日)
週末に開催された秋田の花火大会をテレビで観ながら色々な事を感じました。
毎年夏の風物詩として、各地で行われている花火大会ですが、今年はほとんどの所で中止になっています。
日本の花火は世界に誇る素晴らしいものです。
全国各地の花火師の想いが一瞬のうちに繰り広げられ、そして散っていきます。
その儚い数秒の姿でなぜこんなに人の気持ちが熱くなり、心をを打つのでしょうか?
この日の放送は民放では無かったので、途中途中のコマーシャルや浴衣姿のタレントさん達のはしゃぐ姿もありませんでした。
アナウンサーとゲスト、そして花火師の代表の三人が静かに上がる花火を見て、それぞれの想いにはせていた様な時間でした。
とは言え、アナウンサーは必要に応じて、花火の解説をしたり、ゲストにコメントを頂くお仕事があります。
『今のお気持ち如何ですか?』などと質問をしたところ、『話しかけないで下さい』 『今はただ、花火に感動していたいので・・・』とゲストが仰いました
お見事な返しです。
例年、花火の番組を観る時には部屋の明かりを消して、ボリュームをすこし大きめにして、多少なりとも臨場感を味わいたいと思うのですが、コマーシャルに切り替わった途端、慌ててTボリュームを下げないといけないくらいの音声でビックリします。
しかも、細切れのコマーシャルが何本も続くので、今までの感動が打ち消されるようで、興ざめしていた事を思い出しました。
改めてⅿ今年の花火を静かに眺めました。
災害で亡くなった方の魂に向けられたもの、新型コロナの収束を願って上がった花火・・・・。
花火のそもそもの意味をしみじみと感じた時に、あおの空の向こうにいるであろう、亡き母や父の姿を思い浮かべ、私もゲストと同じようにな気持ちになっていました。
胸が熱くなり、知らないうちに涙があふれた時に、現実で起こっている厄介な事でウツウツしていた思いから解き放たれた様な感じでした。
人は綺麗なものや一生懸命な姿に感動し、気持ちの浄化が出来るのですね。
全ての花火が打ちあがった後には、打ち上げ場所にいた大勢の花火師さん達が両手に持った明かりで挨拶をしていました。
観客も毎年、ハンドライトを振りながらその挨拶に応えるそうです。
こんな姿にもグッときてしまいます。
花火大会が盛会に行われるのは、経済にとっては良い事です。
スポンサーも大喜びです。
綿菓子やりんご飴、焼きイカや焼きぞばのお店も大繁盛ですが、そんな当たり前の事が出来なかった今年の夏を忘れないでいようと思います。
人は忘れやすい生き物です。
誰も体験した事の無い、非常時に何があったのかを忘れてはいけないと思います。